一喝!吉田松陰の霊言  山口県萩市「松陰神社」

一喝 吉田松陰の霊言
一喝 吉田松陰の霊言
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大川 隆法
幸福の科学出版
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不惜身命の心で法を伝えよ

吉田松陰 どうして、師の教えが、このような姿で、一進一退の状態で、広がり切らぬか。ひとえに、不惜身命の心が分かっていないからである。

不惜身命の心が分かっていないとは何かというと、「あなたがたの心が、天上界の心と一体となっていない」ということである。「天上界の心を、他の仏弟子たち、そして、会員一同に対し、伝え切れていない」ということである。

己の弱さを恥じよ。そして、他の者に対しても、真なる使命に目覚めよ。赤心でもって事にあたれ。(第1章 「指導者としての厳しさを知れ」P16より)

【松陰神社 4月10日撮影】
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境内入り口

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「親思ふこころにまさる親ごごろけふの音づれ何ときくらん」、松陰先生が安政6年(1859)10月20日付けで家族に宛てた遺書の中で詠われた有名な和歌が彫られています。
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松下村塾看板と入り口
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松陰先生が安政4年(1857)年主宰した私塾。移築ではなく、当時からこの位置に建っていました。ここで、明治維新を成し遂げた、数多くの人材が育ちました。c0190267_1544918.jpg

松下村塾の講義室 松陰が松下村塾で塾生たちの指導に当たった期間は、安政3年(1856年)8月から安政5年(1858年)12月までのわずか2年余りに過ぎない。しかし、その短い期間に、松陰は自分の信念を塾生たちにぶつけ、しかし一方的に教えるのではなく、塾生たちと一緒になって問題を考えていった。講義は室内だけでなく、農作業を共にしながら行なわれるなど、心身両面の鍛錬に重点が置かれた。
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鳥居を前に凛とした空気が張り詰める。c0190267_25142.jpg
松陰神社本社
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チーンという音は、おみくじを引く音。松陰神社のおみくじには、吉田松陰先生の御教訓入です

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いつも店先にどっさりと積まれた夏みかん。ん~、こんだけ食れんな~。
町の道路沿いでも、無人の販売所があって、このような光景をよく見かける。
店頭に「一喝!吉田松陰の霊言」が夏みかんくらい並ぶとよいのだが。
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萩焼は有名だが、狸、猫、蛙!?の焼きもの。飾りもの!?c0190267_2134591.jpg
境内の桜。
「身はたとひ武蔵の野辺に朽ぬとも 留置まし大和魂」
留魂録の辞世の句と桜の花が、二重写しに思えてくるのは、松陰神社ならでは。

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桜の花の半分くらいは散っているが、それでも、最後の最後まで、見事に咲き切っている。
松陰魂を宿した松陰桜とでもいうべきか。
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萩の町は、あちこちで夏みかんを見かける。c0190267_2205618.jpg
ん!?見かけない蝶だ。
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by happyscience | 2010-04-11 02:48

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