タグ:映画『仏陀再誕』 ( 20 ) タグの人気記事

法話要旨「反省と救いの光について」

超・絶対健康法
超・絶対健康法
posted with amazlet at 09.11.17
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 81546

動物霊が、常時、憑いていると、まず、幽体の一部に影がさしてきて、その部分に病変が起きてきます。

幽体は、肉体とそっくりの形で、すっぽりと入っていますが、この部分に影がさしてくると、次に肉体の具合が悪くなってくるのです。

幸福の科学で修行をしていると、このたぐいのものは、比較的早いうちに浮き上がってきて、反応が出始めます。

『正心法語』のCDは全編で30分くらいの長さですが、それをかけただけで、たいていの動物霊や悪霊は憑いていられなくなるはずです。

基本の形式としては、仏陀への信仰を立て、そして、自らに間違いがあったならば反省をすることです。反省によって、その罪の部分が晴れ、天上界から光が入ってくるのです。

そうすると、憑いている悪霊などが取れてきて、健康で幸福な毎日を送れるようになるのです。

原則として、信仰を立てて反省をすれば、病気は治るはずなのです。よほどのものでないかぎり、たいていは治るので、医者が、「絶対に治らない」と言っても、話し半分に聴いて下さい。

それは、「唯物論的には治らない」と言っているだけであり、信仰心によって異次元の力が加われば、治るようになるのです。

ただ、基本的には、「毎日毎日を、健康で幸福に生きていること自体が、本当は最大の奇跡である」ということを、どうか、忘れないでください。

その意味で、感謝をベースにして生きていくことが大事であると思います。
(2008年10月19日 岐阜支部精舎にて)

[PR]
by happyscience | 2009-11-17 11:52

法話要旨 「明るく生きよう」

不惜身命-大川隆法 伝道の軌跡

幸福の科学出版
売り上げランキング: 78435

あなたの心のなかにたまっている、恨み心や悲しみの心、人のせいにする心、「環境が悪いために、自分は不幸になったのだ」と思う心は、理由をつけても、どうにかなるものではありません。

どんな問題であっても、過去に起こったことのせいにすれば、理由はつきます。しかし、それでは何の解決にもならないのです。

過去の出来事については、終わったことなので、もう変えることはできません。変えることができないことと闘っても、しかたがないのです。

あなたは、変えることができることにトライすべきです。事実を変えることができないならば、考え方を変えましょう。心の向きを変えましょう。それはできるはずです。心のなかのことは自分自身に完全に委ねられているのです。

確かに、人の影響はあります。環境の影響もあります。過去の事件の影響もあるでしょう。大勢の人が一緒に生きているのだから、影響がないはずがありません。しかし、そういうものに負けてはいけないのです。

言い訳をしないで、「ただただ明るく生きよう」と決意してください。「毎日、少しずつ、自分の心を鍛え、自家発電できる強い自分になっていきなさい」ということです。そうすれば、人生は変えることができますし、周りも変えていくことができます。

心のというものは、光と同じように、十倍、百倍と、いくらでも強くなっていくのです。

今日は、ビジネスの関連で映画に観に行ってくれた方々とお話しをする機会がありました。「映画、どうでしたか?」と聞いたところ、Oさんは仏教には興味がもともとあって、この映画を観たかったそうで、「目に見えない世界はあるし、目に見えないものに大切なものがある。みんな、どこかで信じているよね。そして、みんな繋がっているんだよね」、Sさん「怖い場面の印象が強くて、不安になったときに怖い場面が思い出されるんですよ~。でも、映像がすごくきれいだったのが、びっくり」。もう、一人のKさんは、セカンドランで知人と行かれるそうで、楽しみにされているようでなによりです。

Oさんは、ビジネスでは、大きな成功と失敗も経験していらっしゃる方でしたが、今は、成功し、屈託のない明るさをお持ちの方。お話を伺っていると、地道な努力をされていて、自分の境遇や環境のせいにすることなく持前の明るさでビジネスを成功されたようです。「成功するまでやめないことだよね」と笑いながら語りかける言葉が印象的でした。

私とも深い縁をすごく感じると言っておられましたが、それは、きっと、そうなんでしょうね。


【関連書籍】
幸福の革命―心の力が未来を変える
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 421034

明るい未来を拓いていくための考え方が明快に示された、「成功人生へのガイドブック」。現代的成功理論から仏教的な心の教えまで、幸福の科学の思想が集大成された基本書。
[PR]
by happyscience | 2009-11-15 01:36

死後、天国に還るには、どうしたらよいですか?

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 14453

常に笑顔で生活すること

一般的には、天国は光輝く世界だと言われています。常楽の世界とも言われ、常夏の世界、喜びの世界と言われることもあります。こうした天国の実態を、この世の世界に近づけて説明するならば、「仲の良い人たちが集まって、とても楽しく語り合っている」というのが天国の姿だと言ってよいでしょう。

天国に住む人たちの特徴を一言で言えば、天真爛漫だということです。飾り気がなく、生地のままで美しい心、そうした天真爛漫な心を持っていることが、天国の住人の条件なのです。

また、「他の人に対して優しくしよう」という気持ちがあります。そして、「自分自身に対しても、いつも、よいことをしていこう」という気持ちがあるのです。こうした発想の原点には、「他人に迷惑をかけず、周りに喜びを振りまきたい」という気持ちがあります。

天国に住むための条件を簡単に言い換えるならば、「常に笑顔で生活できる人」ということになります。しかも、それは飾りの笑顔ではなく、本心から出る笑顔でなければなりません。これが天国に住む条件なのです。

したがって、「自らを振り返っても、自分のどこが悪いのかが分からない」という人は、「自分の肩書や地位、名声を取り去ったとき、素直な笑顔を持って生きていけるかどうか」ということを、心を裸にして考えてみるとよいのです。

多くの人々を愛し、多くの人々に好かれること

もう一つの目安は、非常に簡単なことですが、「多くの人に嫌われて生きたような人は天国にはいない」ということです。天国には人に好かれるような人たちがいるのです。

人に好かれるような人というのは、結局、多くの人を好いてきた人なのです。多くの人を好きな人は、やはり人に好かれます。そうした法則があるのです。

したがって、自分は天国に還りたいと思うならば、笑顔を絶やさず、素直な心で生き、多くの人に好かれ、多くの人を愛することができる人物になればよいのです。ここまで行かなければ天国の門は開かないと言ってよいでしょう。

これは、「その人がいると居心地が悪いと思われるような人は、天国には住めない」ということでもあるのです。

ガラス張りの心で生きよう

天国は相手の心がガラス張りのように分かる世界です。それゆえ、悪しきことを心に思っていては、天国で生きていくことができません。羊のごとく共に草を食むことはできないのです。

天国の実態を別の角度から話すとすれば、「ガラス張りの心、つまり、外から心の内をのぞかれても、まったく恥ずかしくない心で生活している人は、間違いなく天国に行く」ということです。

逆に、心になかに、臭いもの、汚いもの、悪いものを詰め込んでいる人は、その臭気が立つがゆえに、天国で生活することはできないのです。

したがって、自分の考えていることを公然をさらされても、まったく恥ずかしくないかどうか、よく考えていただきたいのです。いろいろなところを隠さなければ生きていけないような人は、「天国は遠い」と思ってよいでしょう。

結局、人間の理想は、赤裸々に生き、天真爛漫に生き、ありのままに生きて、自分も他人も、それを「素晴らしい」と思うような生き方にあります。天国に生きることは決して難しいことではなく、ただそれだけのことなのです。

最近、凶悪な犯罪が多くありますが、この世で逃げることができたとしても、来世では、一切のうそ偽りが通用しない世界です。この世の目をくぐり抜けたとしても、霊的世界では、すべてがガラス張り。自分がいかなる人間であるかが、周りの霊にはすべてわかってしまい、自分がいかなる人間であったかを徹底的に思い知ることになります。

この世での生き方が来世へとつながっていくわけですから、善因善果、悪因悪果、良い種を蒔いていくことが大切です。たとえ、この世で報われることなくとも、ただ、もくもくと蒔いていくことが大切です。来世では、その徳ある行為は、数十倍にもなることでしょう。


【関連書籍】
成功の法―真のエリートを目指して
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 46980

著者32歳の年に書き下ろされた原著『現代成功哲学』が成功の法として刊行。成功生活の秘訣の一つに笑顔は努力に比例する。真なる成功は、来世、天国への門も開くものです。
第3章 成功生活の秘訣
1 朗らかに生きよ  81
2 笑顔は努力に比例する  86
3 悲観的な言葉を口にするな  93
4 逆発想を用意する  98
5 道は無数にある  107


悟りに到る道―心の発見から発展へ
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 366170

死んだ後、魂が肉体を離れ、三途の川を渡って、あの世へと旅立っていく様子が説き明かされます。また、老壮年期の過ごし方や正しい宗教の見分け方など、日常生活における悟りが示されます。
老壮年期の過ごし方 ①和顔愛語・慈眼 ②この世への執着を断つ 笑顔は、天国への入口ですね。

[PR]
by happyscience | 2009-11-12 00:24

あの世や霊が見えない理由

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 14453

死後の世界は、そう簡単に信じてもらえるものではありませんし、仕組みとして、完全には証明できないように創られていることも事実です。

もし、あの世の世界が目に見えたならば、誰もが「あの世の存在を信じる」というでしょうが、「あの世の世界が、この世の世界と共存していて、生きている人間と同じように、この世を霊がたくさん歩いている」というようなかたちで、この世の人と霊とが一緒に生活できるかというと、なかなかできないだろうと思います。

例えば、「あの世の霊が話しかけてくる。何か疑問を持ったら、すぐ、あの世の霊から答えが返ってくる。あの世の霊が、『ああしろ、こうしろ』と言う」という世界だと、けっこう大変でしょう。

私は、実際に、そういう世界を生きているのですが、これで普通でいられるというのは大変なことなのです。通常は、普通ではいられません。「変なことを言う」ということで、たいていの場合は隔離されてしまいます。

そういう世界を見ながら普通に生きるには大変な力が要ります。そうとう研ぎ澄まされた理性・知性を持っていないと、通常は、おかしくなるのです。毎日毎日、霊体験が重なってくると、どうしても行動も考えもおかしくなってきます。これに耐えられる人は、やはり少ないのです。

霊的な世界が開かれた場合、よいものに導かれればよいのですが、そうでないものも入ってきやすいわけです。悪霊などが、いろいろ取り憑いてきたりして、それを直接に感じるようになり、声が聞こえ始めると、事実上、人間としての生存が不可能になり、ほとんどは人生は終わりになります。

「霊の世界が見えたり、感知できたりしながら、それでも、あえて仕事ができる」というのは、映画「ゴーストバスターズ」の世界でしょう。"幽霊捕獲人"として幽霊を追いかけ回している人であれば、それが商売なので、そのとおりでしょう。それから、もちろん、職業霊能者は、それで仕事をしているわけです。

しかし、普通の人の場合は、「霊の世界が、確かな実感として完全に証明できる」というところまで行ってしまうと、生活ができなくなります。

例えば、みなさんの死んだ祖父や祖母、父や母が、みなさんの部屋で、いつも、みなさんを見ていたり、夜、寝ているときに来たりするような状態では、みなさんは生活できないでしょう。やはり、霊の声が聞こえず、霊の姿が見えないほうがよいのです。

【関連書籍】
天国と地獄―アラン・カルデックの「霊との対話」
アラン カルデック
幸福の科学出版
売り上げランキング: 27696
おすすめ度の平均: 5.0
5 スピリチュアル
5 正しい生き方を!
5 一般の人々のナマの死後の様子
5 日常に負けないパワー
5 反省(悔い改め)の大切さが身に染みてわかる本です。

物質化しつつあるケティ・キング霊、全身物質化したケティー・キング霊
物質化霊ケティー・キングと並んで撮ったクルックス博士
[PR]
by happyscience | 2009-11-10 22:52

地獄は、どんなところですか?

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 14453

「地上への執着」を強く持つ魂が行く世界

地獄という世界を、昔話の世界、仏教の絵巻物の世界、キリスト教の教育のためにつくられた特別の世界であると考えがちな人も多いでしょう。

しかしながら、実際に地獄界は存在しています。それは非常に厳しい事実ですが、そういう世界が元にあるのです。

地獄界は、地上世界に極めて近い世界だと思ってよいでしょう。

地獄界にいる住民たちは、もちろん、肉体はすでになく、この世のものではありませんが、まだ地上への執着を非常に強く持っていて、どうしても魂として純化できないでいる人たちなのです。

つまり、「この世界の人々は、まだまだ霊として十分に目覚めていない」と言ってよいでしょう。

現に地獄にいる人たちの話を聞いてみても、自分が死んだことすら知らない人が大部分です。

なかには、自分が死んだことを知っている人もいますが、「どのようにしたらよいのか。自分たちは、今、どこにいるのか。何をなせばよいのか。何が違っていたのか」ということを分からない人が大部分なのです。

地獄にもさまざまな段階がある

この地獄世界にも、心の波動に応じた、さまざまな段階があります。上段階から下段階までがあるのです。

例えば、比較的上層の世界には、闘争や破壊を中心に生きた者たちが行く阿修羅地獄や、男女の道を誤った者たちが行く色情地獄などが存在しています。また、詐欺、殺人、傷害、強盗などを行った者たち、いわゆる犯罪人たちの行く世界がありますが、それも程度に応じて段階が違っています。

地獄の最下層のほうには無間地獄があり、そこには、思想的に、あるいは宗教的に人々を間違わせ、狂わせた人々が行っています。霊の世界は、殺人などの肉体的な間違いや物質関係での間違いよりも、「人の心を狂わせる」という罪を最大の罪としています。

さらに、主として無間地獄を中心に発生した、魔界というものがあります。これは、地獄の魔王たち、サタンたちが住んでいる世界です。

罰のためだけに地獄があるわけではない

ただ、肝心なことは、「地獄は決して罪や罰のためだけにあるのではない」ということです。「地獄は、それぞれの人が心の傾向性に合わせて赴く世界である」という事実があります。

すなわち、その人の心が粗雑な波動を出し、いわば重い沈殿物を有しているがために、どうしても上のほうに上がっていくことができずに、底のほうに沈んでいくのです。

これが物理学的な理由ですが、これを道徳的に見るならば、「各人が、自分の良心に照らして、自分の生前の思いと行いを反省し、そして、自分自身が許せなくなると、地獄世界に行って、さらなる魂の修行をする」ということになるわけです。

地獄から地上に生まれ変わることはできない

ここで、忘れてはならないポイントが一つあります。それは、「人間の魂は転生輪廻というかたちで地上に生まれ変わってくるが、地獄界からは決して生まれ変わってくることはない」という事実です。

これは、従来の宗教では、それほど強く唱えられたことがありませんし、このことを知っている人も少ないでしょう。しかし、地獄界から地上に生まれ変わってくることはできないのです。

それができないからこそ、彼らは、憑依という現象を起し、「地上の人間に取り憑いて苦しめる」ということをやっているわけです。

もし、地獄界から地上に生まれ変わることができるのならば、彼らも人間の肉体に宿って生まれ変わり、地獄の苦しみから逃れ出ることができるのですが、それができないからこそ、地獄の責め苦から逃げたくて、「生きている人間に取り憑き、惑わす」ということが起きるのです。

いずれにしても、地獄にいる人たちは、仏の心に反した思いと行いを現実に出して生きていたわけであり、その点に関して、深い反省を要求されているのだと言えましょう。

【関連書籍】
霊界散歩―めくるめく新世界へ
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 353209
おすすめ度の平均: 4.5
3 きれいな本
5 死んだ後の事が・・・
5 リアルな霊界の話題満載


信仰のすすめ―泥中の花・透明な風の如く
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 206400
おすすめ度の平均: 5.0
4 新しい宗教
5 江原さんや飯田さんで分からないことを教えてくれる本
5 今、という時代にピッタリ心に響く本です。
5 世界宗教への気概を感じた
5 不思議な本

[PR]
by happyscience | 2009-11-08 23:37

あの世の世界は、どうなっているのですか?

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 36921
あの世はこの世と共存している

あの世、つまり霊界についての概観を述べましょう。
霊界といっても、もちろん、いろいろありますが、大きな意味で言うならば、この地球世界を去った世界、すなわち、肉体が死したあと、魂とも言うべきものが赴く所ということになりましょう。

ただ、ここで大事なことは、「雲の上の世界とか、そういう所に霊界があるように思ってほしくない」ということです。「実は、私たちが生きている、この空間のなかに、霊界もまた存在するのだ」ということを知っていただきたいのです。

もちろん、霊界についての説明では、「何段階にも分かれていて、上下の差がある」と言われています。また、「高級霊界は、地上から何千メートルや何万メートルもの上空にある感じだ」と言われています。

しかし、それは、あくまでも、「比喩を使って、地上にいる人間に分かるような範囲で説明すれば、そのようになる」ということであって、霊界の霊界たるゆえんは、実は、「この物質世界と共存している」というところにあるのです。

したがって、「霊界は、遥かなる彼方にあるものではなく、私たちが住んでいる世界に同時にある」と考えていただきたいのです。

それは、ちょうど、この世界に、目に見えない電波が飛び交っていることと、よく似ています。

例えば、テレビの各チャンネルには、いろいろな映像が映ります。その映像相応の電波が、この地上を飛び交っているのです。

同じように、霊界も、言ってみれば、そういう電波の世界のようなものであり、波長、周波数が違うから、異なる世界をつくっているだけであって、実際は、まったく別な所にあるわけではないのです。

つまり、テレビのチャンネルのように、その波長を受信する装置があれば、あるときには地獄界という世界が映り、あるときには天上界が映り、あるときには高級霊界の景色が映ることになりましょう。


あの世は多次元の世界で成り立っている

この霊界に関する、幸福の科学の考え方で大事なことは、「次元」という概念を明確に打ち出していることだと思います。

物理学の世界や数学の世界においては、「この地球を取り巻く環境のなかには、私たちが住んでいる、『縦・横・高さ』によって成り立っている三次元世界以外に、『縦・横・高さ』に『時間』を加えた、『縦・横・高さ・時間』の四本の座標軸から成る、四次元空間というものがある」ということが分かっています。

また、これ以上の世界として、五次元、六次元、七次元、八次元、九次元という世界が存在することも分かっています。

ただ、そういうものが科学的に理論としては分かっても、「それは、実際には、どのような世界なのか」ということが明確には分かっていないのです。

こういう現状に接するにつけ、私は、さまざまな霊界研究を続けてきましたが、どうやら、この物理学の次元構造に該当する世界があることが明らかになってきました。

四次元といわれる世界は、人間が死後に赴く所、すなわち、「幽界」という世界であり、この幽界世界のなかには、その下層部に「地獄界」という世界があり、その上層部に「善人界」ともいうべき世界があります。これが五次元世界です。ここは、心根の良い人、善人たちが住んでいる世界です。

この上の六次元には、「光明界」という世界があります。ここには、神に近い人たちが住んでいて、このなかの優れた人たちは、地上の人々から神として祀られることもあります。ここは各界の専門家が集っている世界です。また、諸天善神といわれる人たちが住んでいる世界でもあります。

この光明界の上の世界が、よく仏教的には「菩薩界」といわれている世界です。ここは、人助けを中心に生きている人たちの世界です。愛の行為の実践に生きている人たちと言ってもよいでしょう。

自分のことについては、もう煩うことが少なく、「多くの人々を救う。多くの人々を導く」ということを中心に生きている人たち、このような愛の塊の人たちが、この七次元の菩薩界にいます。

八次元には、「如来界」という世界があります。ここは、言ってみれば、世界的な宗教の教祖や大思想家、大政治家など、その時代の中心人物となって歴史をつくってきたような人たちが住んでいる世界です。

そして、人霊が住んでいる最上段階として、九次元に「宇宙界」というものがあります。この世界には大如来とも言うべき人たちが住んでいます。

これは救世主の世界ともいわれます。釈尊、イエス、モーセなどの世界です。すなわち、「根源的な思想を説き、何千年に一回、大きな文明を起こすために地上に出てくるような人たちの住んでいる世界である」と言えましょう。

こういう次元構造についての説明は、私の理論書である『太陽の法』の第1章や『永遠の法』では、各章に各次元世界を取り上げ、第1章「四次元の世界」、第2章「五次元の世界」というかたちで詳しく論述してあるので、ぜひ参考にしていただきたいと思います。
今日は、寒い朝でしたね。スキー場のゲレンデが白くなってました。ちょっと、こちらでは、早い冠雪でした。
さて、ここ最近、『霊界世界のほんとうの話。』を連載しているのですが、ブログに書き込んでいると、色々、気づきが多いです。「あれ、こんなこと書いてあった!?」とか、「あ~、こういうこと!」みたいに、すごく勉強になります。ブログ版の写経でしょうか。読書瞑想と同じような効果で、心の波動が落ち着いてきますし、光が降ってきて、体がポカポカと暖かくなってきます。ちょっと、疲れたなというときには、ブログ版、写経もいいですね。


【関連書籍】
太陽の法―エル・カンターレへの道
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 12457
おすすめ度の平均: 5.0
5 新しい時代の聖書です
5 The MOST IMPORTANT book in my life
5 こんな壮大な本見たことない
5 自分の価値基準がかわります
5 最高の宗教書かも


永遠の法―エル・カンターレの世界観
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 6013
おすすめ度の平均: 5.0
5 基本三書のひとつ
5 「あの世とはどういう世界か?」を真に知ることができます♪


[PR]
by happyscience | 2009-11-05 01:22

霊になっても年をとるのですか?

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 36921

霊界では各人が自分の望む姿をしている

亡くなる人は、実際には、お年寄りが圧倒的に多いわけです。そうすると、「死んだ当時のままの意識でいる」ということならば、あの世の世界は"老人天国"になってしまいます。

これは、あちこちに養老院(老人ホーム)が立っている姿そのものであり、私たちが考えている天国の風景とは違います。決して、それが悪いとは言いません。ただ、一般に言われる天国の姿と違うのは事実です。

実際は、どうなるかというと、地上を去ってしばらくの間、地上的属性を拭い去るための期間があります。

これは人によって違い、ごく短期間で終わる人、三日ぐらいで終わる人もいれば、もといた世界に一直線に還る人もいますが、平均的には、だいたい三年ぐらいです。三年ぐらいは、どこかで、地上の垢を落とすための修行をします。

そのときに、自分の魂の本質というものを知るようになってきます。

そのあと、「霊的存在であるとは、どういうことか」ということを、※守護霊や指導霊から教え込まれます。

そして、「霊界においては自分の姿形を思いのとおりに変えられる」ということを教えられ、実体験をして、それを学びます。例えば、洋服も、「こういうものを着よう」と思えば、その思いのとおりのものを出せるようになるわけです。そういうことを実体験で教えられます。

これを学ぶのに、平均的には、地上時間で三年ぐらいかかるのです。

それからあとは、姿としては、各人が望む状態になれます。年齢のいっている姿が好きな人は、そういう姿でいますし、若い姿が好みの人は若い姿でいるのです。

※守護霊とは、地上の人間を守護する霊であり、各人に一人ずつ付いている。指導霊とは、たいてい守護霊よりも霊格が高く、主として、その人の職業に関して指導している霊のこと。

[PR]
by happyscience | 2009-11-03 09:50

死後、肉体を離れると、どういう経験をしますか?

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 36921
死後3週間ぐらいは、この世をうろうろしている

死者の霊は、49日ぐらいまでには、この世を去らなければいけません。ほんとうは、死後21日ぐらい、3週間ぐらいしたら、もう、この世で、あまりうろうろしてはいけないことになっています。長く見ても49日ぐらいまででしょうか。

それまでは、しばらく、“放し飼い”にされているというか、あの世にまだ完全には行けず、この世とあの世を行ったり来たりしているような状態で、ふらふらしていて、この世の、いろいろな人のことを見ています。

「自分が死んだあと、葬式をどうしているか」ということから始まって、「財産分けをどうしているか」「会社の事業がどうなっているか」「子供たちは、けんかをしていないか」「妻が浮気をしていないか」など、いろいろなことが気になって、二ヶ月弱ぐらいは、けっこう、この世をうろうろしているのです。

しかし、そのあたりで、「もう、いいかげんにしなさい」と言われます。

実は、死んだときに、導きの霊が来て、いったん、あの世に連れていかれるのですが、やはり、この世に戻ってきます。しばらくは、勉強のため、あの世とこの世の違いを学ぶために、この世にいられるのです。

やがて、日がたってきて、ある程度の期間が過ぎると、だいたい、霊体として、この世の物質的なものが少しずつ落ちてきます。それで、「そろそろ行こうではないか」と言われて、あの世に行くのです。

三途の川を渡る

そして、よく言う「三途の川」のあたりに来て、それを渡ると、本格的な死者になります。「精霊界」と言ってもよいし、「幽界」と言ってもよいのですが、まず、霊界の入り口に入るのです。

三途の川の向こうでは、たいていの場合、菜の花など、きれいな花がたくさん咲いています。それから、昔の身内や友人など、いろいろな人が迎えに来ます。

そのため、最初は「天国に来た」と錯覚するのですが、勘違いしてはいけないのは、「最初に行く所は、天国ではない。まだ、天国・地獄をふるい分ける前の世界である」ということです。

生前の反省を通して、あの世での行く先が決まる

そういう、まだ自分の行く先が分からない所で、しばらく霊的生活をして、生前の反省をします。

その際、生前のことを、いろいろと映画のように見せられることもありますし、指導霊が来て、一個一個、確認することもあります。

今は、この世に映像というものがあるので、あの世でも、映画のようなかたちで見ることもありますし、そうではなく、鏡のようなもので見ることもあります。

よく「閻魔帳」と言いますが、昔、映像というものへの理解が少なかった時代には、生前にやったことが全部書かれている手帳のようなものが出たりすることも報告されています。

膨大な『霊界著述』を遺したスウェーデンボルグ(1688~1772)の報告によれば、彼は霊界で次のような場面を見たことがあるそうです。

ある精霊が、生前の反省をする場面に臨みました。その人は、生前は賄賂を取って不正行為をしていて、その詳細をメモ帳に書きとめていました。

検査の霊が、その精霊の顔など全身を見つめていると、生前のメモ帳がポーンと地中から出てきて、精霊の足下で、パラパラ、パラパラとページがめくれていき、「その人の過去の罪状がどうだったか」ということが、他の精霊たちにも分かってしまったのです。

しかも、それには、その人が生前は忘れていたことまで詳しく書かれていました。その人の生前の思いと行為が、たくさん書かれていて、パラパラとめくれているうちに、「こういうことを考えて、こういうことをした」ということが、すべて分かってしまったのです。

自分がメモ帳に書いていなかったことまで書いてあるので、それが本人には驚きであり、ショックであるわけです。

昔は、そういうかたちで過去が見える場合もあったようです。過去の自分の思いや行いを反省するときに、書いたもので出てくることもあるのです。

しかし、映画や鏡などの視覚的なもの、目で見えるものが、やはり多いことは多いのです。

そのようにして反省をし、あの世でも行く先が決まってくるわけです。
映画『仏陀再誕』のなかで自殺した金本記者が裁判にかけられている場面がありました。ここなども、あの世の行先を決めるところでしょう。

特に、唯物論で生き、死後、自分が霊的存在になっていることを説明されても、まったく、信じられない状態であった金本記者は、生前の思いと行いの映像を見るまでもなく、地獄へ吸い込まれていきました。

「仏陀が再誕している時代というのに…。」と云う霊界の裁判官の言葉の重さを実感します。

人の死は、いつ来るかは、わかりませんが、必ず訪れるものです。死後、後悔する前に、生前に仏法真理を学び、仏法真理に基づいて思いと行いを反省することの重要さを実感させてくれます。

【関連書籍】
仏陀再誕―縁生の弟子たちへのメッセージ
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 85265
おすすめ度の平均: 5.0
5 釈迦の説法が再び蘇る奇跡の書
5 人生の手引書に

エマニュエル・スウェデンボルグの霊界〈1〉死後の世界は実在する
エマニュエル スウェデンボルグ
中央アート出版社
売り上げランキング: 19766


[PR]
by happyscience | 2009-11-02 02:03

「心の三毒」 ②瞋…怒りの心 ③癡…愚かな心

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 36921

「瞋(じん)」とは怒りです。カーッと来る心というものがありますけれども、これなどは、たいていの場合、不平不満なのです。自分の思いどおりにならない不平不満からカーッと来るのです。

亡くなったおじさん、おばあさん、お父さん、お母さんのことを思い出してみて、「あの人は短気な人だったね。よくカーッと怒っては周りにあたり散らしていたね」というようなことがあれば、それが原因で地獄に行っていることが多いわけです。

「癡(ち)」とは愚かさのことです。この愚かさは、必ずしも「頭が悪い」という意味ではありません。この世的には頭が良くても、この「癡」になる人は数多くいます。

これは、要するに「仏法真理を知らない」ということなのです。仏法真理を知らない人は愚かに見えるのです。

仏法真理を知っている人から見たら、まったく別方向のこと、無駄な努力をしていて、自分の首を締めるようなことを一生懸命やっているのですが、この世的には頭の良い人であることがけっこう多いのです。地獄領域を拡大するような、まったく正反対の仕事をしている人がいるのです。そういう愚かさがあります。

生きているうちに仏法真理を知っていれば、地獄になど堕ちないのです。ところが、それを知らないために堕ちるのです。

[PR]
by happyscience | 2009-10-27 22:29

「心の三毒」 ①貪…貪りの心

霊的世界のほんとうの話。―スピリチュアル幸福生活
大川 隆法
幸福の科学出版
売り上げランキング: 36921

「貪(とん)」とは、貪欲、貪りの心です。当会の言葉で言えば「奪う愛」に生きた人です。この奪う愛、貪りの心で生きた人は、ほとんど地獄に行くわけです。

この「貪」の特徴は、「自分では、よく分からない」ということです。しかし、他人が見れば、ものすごくよく分かるのです。

「あの人は欲の深い人だね。強欲な人だね。人の気持ちが全然分からない人だね」「いつも、取っていくことばかりをする。いつも、奪っていくことばかりを考えている」ということは、本人は知らないことがけっこう多いのですが、他人が見れば、十人中、八、九人は「そのとおり」と言うのです。

自分を正しく見ることは、それほど難しいことなのです。

この「欲の深さ」をなくすためには、やはり、「足ることを知る心」が非常に大事です。

それから、「布施の心」も大事です。宗教では布施ということをよく言います。布施というのは差し出すことですが、差し出すことによって執着が取れていくのです。

自分が取ることばかりをいつも考えている人は、「人にあげる」、あるいは「尊いもののために差し出す」というようなことを考えないのです。そういう布施の心を持っている人であれば、貪欲の罪で地獄などに行きはしないのです。

ところが、貪欲の罪で地獄に行く人は、自分が取り込むことばかりを考えているわけです。

今日は、「心の三毒」を取り上げてみました。

映画『仏陀再誕』のなかで、空野太陽が悪霊に対し、「心の三毒を抜き去れば、地獄から救われるだろう」と諭していましたね。最近は、経済評論家の勝間さんなども講演や書籍でも「心の三毒(三毒追放)」を紹介していて割と関心を持つ人が出てきたのではと思います。

仏教的には、この「心の三毒」が原因によって、現代人は、8割くらい地獄に堕ちていると言われています。地獄に堕ちるのは、刑法に触れた人のみが行くというわけでもないことは、衝撃的な事実です。

考えてみれば、貪りや怒り、愚痴、不平不満などが自分の傾向性としてないといえる人は、そうそう、いないのではと思います。まあ、私も、秋になれば、何とかの秋ですし、理不尽なことには、怒ってしますし、愚痴もいつの間にか言っている自分に気づきますし、なかなか、滅尽できないものです。いかに、心をコントロールするか継続的な修行が必要と言えそうです。

そのために、日々、心を静める時間を取り、1日の自分自身の心を振り返る反省の時間、そして、瞑想、祈りという時間が大切になります。

まずは、澄んだ湖面のような静寂な心を取り戻し、仏教的な平和な心、クワイエットな幸福感を取り戻したいものです。

[PR]
by happyscience | 2009-10-27 22:07

「この世とあの世を貫く幸福」と「仏国土ユートピア」の実現を!


by happyscience
プロフィールを見る
画像一覧