叡智の言葉 心の糧

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諸々の比丘、比丘尼たちよ。
我が言葉をよく聞きなさい。
私は、常づねあなたがたに言っていたはずだ。
「あなたがたは、常に心の指針を持ちなさい」と。
「心は、常に右に揺れ、左に揺れするが、
あの北極星を目指すがごとく、心の指針を持ちなさい」と、
常に語っていたはずである。

心の糧

この心の指針こそ、叡智の言葉にほかならない。
あなたがたは、数多くの叡智の言葉に接し、
その叡智の言葉を、己の糧として生きてゆかねばならない。
人びとよ、叡智のことばは、そこにあり、かしこにありというものではない。
叡智の言葉は、あなたの人生の途上において、
あなたに必要な時に、必要なかたちにおいて与えられるのである。
今日、我が言葉も、数多くの叡智の言葉として記録され、読まれてはいるが、
しかし、その語られた時、その語られた場所、その語られた相手は、
必ずしも特定してはいないし、
それが誰に対して、どの場所で、いかなる方法で、いかなる時に、
語られたものであるかを、読む人の多くは、知りはしない。
しかし、言葉というものは、たいへん難しいものだ。
その所を得、その人を、その相手を得、その時を得なければ、
真実の力を持つことは難しい。

諸々の比丘、比丘尼たちよ。
この私の語る言葉も、私の説法も、
やはり、あなたがたの心境、あなたがたの時、
そうしたものによって、その受け取られ方は、違ってゆくのだ。
したがって、諸々の比丘、比丘尼たちよ。
我が言葉を、自分流にのみ受け取ってはならない。
我が言葉の真意を探究しようとせよ。
我が言葉は、必ずしもあなた固有の問題に答えているわけではない。
我が言葉は、多くの人びとのために語られている。
多くの人びとに語られた我が言葉のなかから、
あなたがた一人ひとりの心の糧となるべきものを選び取れ。
あなたがたの心の琴線を、つまびくものを見出せ。
あなたがたにとって、ごく自然であり、
あなたがたにとって、普遍的でもあると思える言葉を選び出せ。
それが叡智の言葉であるのだ。

なべさん、この最後のあたりの言葉がいいかなと思いますよ。

「多くの人びとに語られた我が言葉のなかから、
あなたがた一人ひとりの心の糧となるべきものを選び取れ。
あなたがたの心の琴線を、つまびくものを見出せ。
あなたがたにとって、ごく自然であり、
あなたがたにとって、普遍的でもあると思える言葉を選び出せ。」


経典など読んでいると、自分の現在の問題や課題など、読んでいてひっかかる言葉、共感する言葉に出くわすことがあります。その言葉を参考にして、悩みごとを分析し、解決をするという感じでいいのではないでしょうか。

個別に事情も違うため、ヒントはあっても、解は人それぞれです。その解を出すのは、自分自身の自助努力。そうすると、思考停止どころではありません。禅定しながら、叡智の言葉を思慧して、守護・指導霊と一体となって考える時間が必要です。

信仰をまるごと無前提に受け入れるかどうかという判断は漠然としていて判断ができないと思います。書籍、経典は、500冊以上ありますけど、まず、経典を読んだり、映画を観たり、講演を聞いてみたり、実際に信仰している人たちに会ってみたりして、判断材料とするといい思います。一応、私は、会って話しているつもりなんですが…。

まあ、映画でも観に行って感想でも聞かせて下さい。


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by happyscience | 2009-10-12 01:23

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